LOCAL DESIGN LAB

この夏のこと.02

GO TO トラベルの対象から東京が除外されたり、家にいてください、観光に行ってください、と日本中が右往左往しているなか、自分たちは長野に行くことを決めた。

とにかく「休む」ことを目的にしていたので、サービスエリアでの休憩以外はどこにも寄ることもせず、目的地の穂高養生園へ直行した。

養生園は、感染予防対策をしつつ、同じように「休みにきた」人たちを受け入れていた。学生時代に1ヶ月間、スタッフとして滞在し働いていたパートナーによると、宿泊者の数は普段よりも少ない人数だったようだ。

ここでは、玄米菜食を基本にした丁寧に手間をかけて作られた食事が、10時半と17時半の一日二回。朝には自由参加の「散歩」や「ヨガ」を受けられたり、予約をすればマッサージやボディワークといったセラピーが受けることができて、施設内にある温泉も自由に入ることができる。
施設は安曇野の山の中腹にあって、すぐ近くには清流も。自然の音と、泊まっている人たちの足音と気配くらいしかない。観光の拠点も周辺には少ないし、泊まった個室では電波もとぎれとぎれ。養生園に身を置くことは、強制的に身体と向き合わざるを得なくなる時間だった。

一日二食の食事は、不思議とお腹が空かなかった。地元産の野菜や、庭で育てている野菜やハーブを使った優しいごはんは、いつもよりゆっくり味わい、満たされた。

3日目の朝ごはんはとらせてもらうことにした。普段はホールでの食事となるらしいが、集まっての食事に配慮がされていて、個室での食事もできるようになっていた。痒みやストレスの影響で睡眠のリズムもずいぶん前から崩してしまっていて、養生園に来てからもあまり眠れず、2日目から体調を崩していたのだった。

窓際の机でふたり、並んでごはんを食べながら「入院みたいだなあ」と思った瞬間、これまで萌ちゃんから聞いていた話を、具体的な体験としてすとんと腑に落ちて、泣けてきた。
病院ではなく、地域の中で安心できたり、身体や心の声に耳を澄ませる場をつくること、病院独特の「居心地の悪さ」の中で、身体と向き合っていくことへの違和感といった、萌ちゃんの思いや考えのルーツとなっているものを、ようやく実際に「体感」して理解できたのだった。そのあとは、ふたりして部屋のなかで静かに泣きながらごはんを食べた。

セラピーを受ける際、養生園独自の「問診票」を事前に記入してから施術を受けることになっていた。それぞれの症状にあわせた施術やアドバイスをするためのもので、日頃の生活習慣や心の状態について、A4の両面に事細かに書き出すと、普段の自分の生活や仕事のしかたがハッキリと浮き上がってくる。
書かれている質問に一つ一つ回答していく度に、自分の「不健康さ」というか、よくこの状態で仕事をしていたなぁと思えるほど、それはもう、質問に答える度に苦笑いしながら凹んでいた。

3日目の朝ごはん以降、ようやく今の弱った自分をうけとめることができて、この日は、本当にゆっくりと話をした。頭からではなく、身体の奥にある言葉を掬いあげて、自分の今の気持ちをそのまま出せるようにひとつひとつを確かめながら。

長野から帰ってから、身体の具合は、少しずつ快復に向かっていった。7月中はとにかく気力体力が皮膚の再生に使われて、本当に9月から仕事を再開できるのかと思うほど、ぐったりだったけれど、お盆を過ぎた頃から体力も戻り始め、少しずつ動けるようになっていった。

9月に入って、休んでいた仕事や待っていただいていた仕事が動き始めたと思ったら、作業時間が全然足りず、以前のように深夜、布団に入るすぐ前までパソコンに向き合う毎日。でも、痒みや痛みで10分くらいしか集中できなかった頃に比べたら、集中力もかなり回復してきていて、身体の状態はだいぶ違う。身体のあちこちでおこっていた火事が治まりつつあり、新しい皮膚へと入れ替わってきているのが、自分でもよくわかる。ずっとそばで支えてくれた萌ちゃんや、状態の悪い時をみていた仕事仲間もその変化に驚くくらいに良くなってきた。また同じように火事がおきないように、自分自身を大切にしなければ。

2020年10月5日